「もう少し頑張れば…」が積み重なって、取り返しがつかなくなる
「もっと早く入居させればよかった」
これは、相談の現場でいちばん多く聞く言葉のひとつです。
家族はみんな、最初は頑張ります。
在宅介護の手配をして、デイサービスを探して、ケアマネさんと調整して。
できることは全部やっているつもりなのに、心のどこかでずっと不安が消えない。
- 今日はなんとか乗り切れた
- 来週は少し落ち着くかもしれない
- もう少し様子を見よう
そうやって「先延ばし」が積み重なります。
そしてある日、限界は突然やってきます。
見えない介護疲れは、静かに人を追い詰める
このご家族も、最初は「家で看る」つもりでした。
入居なんてまだ早い、本人も嫌がるだろう、と。
けれど介護が続くほど、生活のあちこちが崩れていきました。
- 夜中の呼び出しで眠れない
- 食事の準備、服薬、排泄のフォロー
- 仕事中も頭は“家の親”のことばかり
介護のつらさは、外から見えません。
本人は家にいて、家族は「普通に生活しているように」見える。
でも現実は違う。
心が休まる時間が、1日のどこにもないのです。
「私が見なきゃ」が、家族を追い込む
介護をしている家族ほど、自分を責めます。
- 私が見ないといけない
- 他の兄弟に迷惑をかけたくない
- 施設に入れるのは罪悪感がある
そして本音は言えなくなります。
「しんどい」って言った瞬間に、負けた気がするから。
でも、気力で持ちこたえる介護には限界があります。
それは努力不足じゃなく、構造的な問題です。
きっかけは“小さな事故”だった
大きな事件ではありません。
よくある、小さな出来事です。
親が夜中にふらついて転び、軽い打撲をしました。
救急搬送ほどではないけれど、痛みで動けず、家族は深夜に駆けつけました。
そこで家族は気づきます。
「もし骨折していたら?」
「もし誰も気づかなかったら?」
「今の状態で、また同じことが起きたら…?」
その瞬間、胸の中にあった「まだ大丈夫」が崩れました。
“探す”より先に、“決めるのが怖い”という壁がある
相談に来た家族は、情報を集めています。
有料老人ホームの種類、費用、立地、口コミ。
でも本当の壁はそこじゃないことが多い。
- 入居を決めた瞬間、後戻りできない気がする
- 本人が嫌がったらどうしよう
- 兄弟に反対されたらどうしよう
「探し方」より先に、決断の怖さが立ちはだかります。
現場ではここを丁寧にほどかないと、家族は動けません。
有料老人ホーム見学で、家族の表情が変わった瞬間
数か所見学する中で、あるホームで家族の表情が変わりました。
- スタッフが急かさず、目線を合わせて話している
- 本人が困っても、叱らず自然に手を貸す
- “できること”を奪わず、見守りながら支えている
見学の帰り道、家族がぽつりと言いました。
「ここなら…安心できるかもしれない」
介護の目的は、家で看ることじゃない。
安全に、穏やかに、生きてもらうことなんだと、腑に落ちた瞬間でした。
入居後に訪れたのは、意外な“静けさ”だった
入居した直後、家族は不思議な感覚になったそうです。
心配が消えたわけではない。
でも、ずっと鳴り続けていた警報音みたいな緊張が、少しずつ静まっていく。
- 夜中の電話に怯えなくていい
- 仕事中に「今どうなってる?」と考えなくていい
- 面会が“介護作業”じゃなく“会話”になる
親本人も、落ち着いて過ごせるようになりました。
職員の見守りがある安心感が、表情に出てくるのです。
「もっと早く…」という後悔は、愛情の証拠
入居がうまくいった家族ほど、最後にこう言います。
「もっと早く入居させればよかった」
これは自分を責める言葉に聞こえるけれど、
本当は、親を思う気持ちが強いから出る言葉です。
在宅介護でギリギリまで頑張った。
だからこそ、振り返った時に気づくのです。
限界まで頑張る前に、もっと選択肢があったと。
この実話から伝えたいこと
もし今、家族が感じているのが
- 眠れない
- 常に不安
- ちょっとしたことでイライラする
- 「このままじゃダメ」と思っている
これなら、もう十分サインです。
有料老人ホームへの入居は、
「最後の手段」ではなく、
家族と本人が壊れないための、前向きな選択肢です。
後悔をゼロにするのは難しい。
でも、後悔が深くなる前に、相談してほしい。
介護は、一人でやるものじゃない。
助けを借りることは、親を大切にする方法のひとつです。
※この実話は「施設介護に助けられた5つの実話」シリーズの一つです。
ほかの事例(在宅介護の限界/認知症介護/独居の不安 など)もまとめて読みたい方は、親記事で全体像を確認できます。


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